万葉のむかしから風光に恵まれ、数々の詩歌にうたわれてきた明石は、明石城などの史跡が今に残り代々の城主にも幕府の信頼が厚い大名が配されてきました。
桃山時代にキリシタン大名、高山右近が明石の地に封ぜられ、江戸時代に入って小笠原忠真は城を築き、町並みを整え、港を開いて今の明石の基をつくりました。
第九代城主、松平直明公が越前より入城されたのは天和二年(1682)のことで、その後松平家は明治維新にいたる190年の長きにわたり代々明石藩主として藩政にあたられています。
明石城の築城に並行して城下町の建設が行われました。その町割図は剣豪宮本武蔵が作成したと「金波斜陽」や「赤石市中記」などで伝えられています。
又、明石は海の幸に恵まれ、鯛、たこなどは代表的なもので寿司、明石焼きなど地方から観光、史跡めぐり、そしてグルメ等を楽しみに来られる方は年間500万人は下らないということです。
